“Is somebody here?”
私は図書館で席を探すのに苦労していた。
この時期、ほぼ毎日図書館に入り浸っており、就職活動のために1日だいたい6時間程度滞在していた。
はじめはカフェに行ったり家で作業しようと試みたが、一番集中できるのが図書館だった。
バンクーバーの図書館には本当にいろんな人がいる。
勉強している学生はもちろん、図書館のパソコンで映画を見に来ている人、わざわざ重そうなゲームパソコンを持って来てゲームに熱中している人もいた。
無事に席を確保した私は、まずはIndeedを開いて新しい求人をチェックした。新しい求人を見つければ即応募。これが私の日課になっていた。
バンクーバーでは他にも、Monster.comや他の求人リスティングサイトもある。
ただ求人数でIndeedに勝るものはなく、Indeedだけを見るようになった。
本格的な就職活動を開始してからすでに数週間が経過し、全く就職できる気配がなかった。
また就職活動中の期間は誰とも話さない日が続いた。
喋った英語は ”I’m sorry.” の一言だけ・・・という日も少なくなかった。
タバコをせがまれた時に断るセリフである。
送ったレジュメの数は既に50件以上にのぼり、少し気が滅入っていた。
やはり英語力ゼロの状態で来ていきなり現地企業に就職するなんて、少し甘かったのではないか?留学エージェントが言うように、まずは現地の日本レストランで働きながらじっくり就職活動をすべきではないか?
様々な不安が頭をよぎる。
「できることは全てやろう」
私は折れそうになる心をなんとか奮い立たせるために新しい試みをしようと思った。
具体的には以下3つを行なった。
日本の外資の求人を取り扱っているエージェントへの連絡
トロントなど、バンクーバー以外の求人への応募
求人を出していない会社(主にマーケティングエージェンシー)への連絡
直接的に就職に結びつかなくても、面接の練習になれば儲けものくらいで考えていた。
結果的には上記のいずれも就職に繋がることはなかった。しかし良いこともあった。
まず、外資案件を取り扱っているエージェントへ連絡したおかげで、英語での面談をすることができた。求人を出していない会社へ連絡したおかげで、どういうエージェンシーがバンクーバーにいるかを把握することができた。
そして、なにより新しい取り組みを行い続ける中で暗くなる気持ちを誤魔化すことができたと思う。心が折れた時点で負けである、心が折れないことがなにより重要だ。今振り返って強くそう思う。
そうして、なんとか毎日を過ごしていると、電話面接をもらう機会が増えてきた。
電話面接はスクリーニングのプロセスで、基本的な質問をされる。
電話面接で一番困るのはビザの質問である。この質問をされて先のステップに行けた試しがない。ワーキングホリデービザだろうが、なんだろうが1年やそこらでカナダを出ないといけない人材を雇いたがる会社はほとんどいない。ましてや数十分程度の電話面接で伝えられることは限られている。それでビザの問題を補うに値する人材であると証明するのは非常に困難だ。
私はできるだけ電話面接を避けて、対面面接を粘り強く希望した。
上記のビザの問題に加え、電話だとほとんど何を言っているかわからないからである。
しかし、どれだけ粘り強く対面面接のメリットを告げても、それがプロセスだからといって向こうも譲らない。そもそもHRの部署を相手にしている場合は交渉の余地がない。
そして言われるがまま電話面接を行い撃沈。
そんな中、CEOと直接やりとりしたケースではうまくいくこともあった。
対面面接を受け入れてくれたのは、ハイエンド家具のデザイン・販売を手がける零細企業のCEO。
当時はほぼ全ての業務を彼女1人で行なっており、デジタルマーケティングを見る人材を探していた。
私は面接日時を1週間後に設定した。
提案をまとめる準備期間が欲しかったからである。
面接当日、私は緊張しながら指定されたカフェに向かった。
バンクーバーに来てから初めてスーツを着た。少しスーツのサイズが合わなくて窮屈に感じた。
「なぜうちの会社で働きたいのか?」
まず最初に彼女から質問があった。
私は、英語を使ってデジタルマーケティングの経験を積みたいからだと正直に言った。
家具業界に興味があるとか、そういう変なおべんちゃらをいう英語力もなければ、余裕もなかった。突っ込んで話を聞かれれば一貫の終わりだからである。
そして、間髪入れずに提案書を作ったという旨を伝え、採用してくれるなら私はこれをやると言った。
彼女は最初驚きを隠せない表情だった。
しかしすぐに冷静さを取り戻し、説明してくれと言われた。
私は拙い英語で説明を始めた。
まず、SEOの改善とコンテンツ制作に注力すべきだという話をし、
認知度のないブランドが高級家具をWebだけで売るのは相当苦労しないといけないという話をした。
順に提案内容の詳細を説明してうちに、彼女は何かを決断したような表情に変わったのを覚えている。
面接を終え、彼女はその場で即決。
私は彼女のもとで働くことになった。
私は長年の肩の荷が下りたような気分になった。
嬉しさのあまり、友達を誘って飲みに行くことにした。
しかし私の突然の誘いに、誰も捕まらずに一人で飲みに行くことにした。
正直、付き合い悪いなと思ったが、そんなことはどうでもよかったのである。
表現しようのない嬉しさと達成感が入り混じった高揚感に満ち溢れた。
ビールを一口飲むたびに心の中でガッツポーズをして、ニヤニヤしていた。
家に帰って、ルームメイトにもこの話をした。
彼らは私のために祝福してくれた。
この時、自分の中のバンクーバー就職活動編が終わったと思った。
あとは実績をあげて、就労ビザをサポートしてもらうことができれば当初の目標を達成することができる。
着実に前に進んでいることが嬉しかった。
あのメールを見るまでは・・・。
(つづく)
よく企業規模が大きいほど体力があるので就労ビザのサポートに前向きという見方があります。
私もそう思っていました。
しかし、これは全くの誤解。むしろ逆です。
企業規模が大きい会社は放っておいても欲しい人材が向こうからやってくるので、わざわざビザサポートを行って人材を雇う必要性がありません。
それが多少優秀であってもです。それほどまでに就労ビザサポートは時間と労力がかかるものである。
むしろスタートアップや規模の小さい会社こそ、そういう人材のビザサポートに前向きです。理由は大きく2つ。
1) 欲しい人材がなかなか集まらない。
2) ビザサポートの大変さを知らないことが多い。
#2は私の勤め先が良い例で、就労ビザのサポートをするのは私が最初で最後だと言っていました。就労ビザの手続きは企業側からすると多大な負担です。手続きを間違えると会社自体にリスクもある。
一度手続きを行うと、この大変さが身にしみてわかります。
就職後、ビザサポートを視野に入れている場合は
スタートアップや規模の小さい会社を狙って就職活動を行うことをおすすめします。
[その他のストーリー]
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– 第2話: 目標額170万円、地獄のフリーランス体験
– 第3話: カナダ渡航1ヶ月前、英語学習の開始と思わぬ見落とし
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– 第12話: 折れそうな気持ち、迷走、出した結論
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– 第14話: 入社早々、炎上プロジェクト、意思表示
– 第15話: 英語ブログ開始、そのわけ
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– 第17話: 辞めていく同僚、身の丈にあった給料