今回はニューヨークにて映画監督をされている川出真理さんにインタビューさせて頂きました。
川出さんは日本で建築業界の営業・音楽業界のコンサートプロモーターを経験した後、2007年に単身渡米。
渡米後はニューヨークの映画学校 Digital Film Academyに通い、いちから映画制作を勉強。卒業後、インディペンデントフィルムメーカーとしてショートフィルム、ミュージックフィルム、ドラマなどの脚本執筆、監督、プロデュースを行い、過去にロサンジェルスムービーアワードなど受賞歴もお持ちです。
2020年の2月5日から、川出さんの最新作となる日米合作ドラマ『報道バズ』がAmazonプライム・ビデオなど大手の動画配信で有料配信されています。
今回は、ニューヨークにて全くの未経験から映画制作を勉強し、大手動画配信サービスにて自身の作品『報道バズ』を制作するまでの軌跡、そしてアメリカのエンタメ業界5つの魅力をお話しいただきました。
川出さんのお話は、監督志望の方だけでなく、俳優、脚本家、カメラマン、編集者などエンタメ関連でニューヨークへの挑戦を考えている方には、とても参考になると思いますので、ぜひご覧ください。
日本で生まれ育ち、現在はニューヨークで活動するフィルムメーカー。日本の建築業界で営業担当を、音楽業界でコンサートプロモーターをした後、ずっと憧れていた映画への夢に挑むことを決意し2007年に渡米。ニューヨークの映画学校、Digital Film Academyのアドバンスデジタルフィルムメイキング・コンサバトリー課程を卒業。以来インディペンデントフィルムメーカーとしてショートフィルム、ミュージックフィルム、ドラマなどの脚本執筆、監督、プロデュースを行っている。これまでに複数の映画祭に参加し、ロサンジェルスムービーアワードなどを受賞。日本とニューヨークというとても異なる2つの場所で培った独自の視点で、”One World”な作品を紡いでいる。最新作となる日米合作ドラマ『報道バズ』がAmazonプライム・ビデオなどで有料配信中。
前編: 「ニューヨーク x 未経験」映画業界への挑戦、ドラマ『報道バズ』の監督、川出真理さんインタビュー
後編: ニューヨークの映画監督に聞く、アメリカのエンタメ業界5つの魅力
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「ニューヨーク x 未経験」映画業界への挑戦、ドラマ『報道バズ』の監督、川出真理さんインタビュー
1. ニューヨーク渡航を決めた理由
川出さん:
もともと映画制作にずっと興味があり、何度かアメリカに留学をした際に、映画のクラスやワークショップを取ったことがありました。
ただ一方で、映画制作では食べていけないと思い、結局日本に帰って仕事をすることにしました。
その後、日本で音楽・コンサート業界で宣伝の仕事をしていて、宣伝など周りのことを色々やっているなかで、「コンテンツ作りをやりたい。映画を作りたい。」という思いが抑えられなくなりました。最終的には、「これはやらないと後悔する!」と思ったので、アメリカに行くことを決断しました。
野村:
なるほど。
川出さん:
それと同時に当時の仕事のキャリアも長くなっていて、当時のポジションからさらに広げてやりたいことがありませんでした。「もう卒業してもいいかな」と自分で納得したのもニューヨーク渡航を決めた理由の一つです。
2. 学校生活
野村:
なるほど、渡米後はどのような学校に行ったのですか?
川出さん:
ニューヨークのマンハッタンにある Digital Film Academy という映画制作の専門学校に通いました。
学校にいる間は、学校の課題が山盛りで全然余裕がなく、必死で課題をこなしていました。
その課題の中に作品制作も入ってくるのですが、それをやっていたらいつの間に2年経っていたという感じです。
参照: 川出さんが通ったDigital Film Academy
野村:
学校生活の中で、大変だったことはありますか?
川出さん:
学校に対して、何度か不満を抱くことがあり「授業の内容に対してこういう不満があるから、変えてくれないか」と学校側に伝えたことがありました。
ただその後、特に改善される様子がなかったので、それ以上は何も言わず、時間を無駄にしないよう授業に参加しなくなりました。
この話をアメリカ人の友人にしたところ、「それは間違っている。自分の思っていることは言わないといけないし、変わらなくても言わないといけない。ニューヨークでやっていくなら、それは表現できないといけない。」と叱られました。笑
日本にいたら、「言ってもしょうがない」と思って諦めてた部分だったと思うんですが、アメリカではそれは通用しないことを教えてもらいました。
ただ、早い時期に自分の思いをはっきり伝える重要さを知れて良かったです。そのあともずっとこの繰り返しでしたからね。
例えば、宅急便屋さんとの交渉から始まり、ガス屋さんとの交渉、撮影するロケーションを安く借りれるようにする交渉など、全てが交渉で、交渉無しでは何も始まりません。
実際に交渉するとすごく安くなったり、成果が必ず出ます。黙っていると損するばっかりです。
野村:
確かに。
川出さん:
苦情だけじゃなくて、アドバイスを貰いたい時も、まず自分の話をすることが大事だと学びました。こちらが何も言わなければ、そこまでで、いつまで経ってもアドバイスをもらうことができません。
参照: 映画学校の授業の様子
野村:
英語面での苦労はなかったですか?
川出さん:
苦労がないことはないですね。常に人より先に予習をして、次の日の授業についていけるようにしていました。
あとは、監督のクラスでアクターさんに演出をするのですが、その場で的確な単語で指示をしないと、こちらが思っているようなシーンにならないという事がありました。すごく似ている単語ですが、少し意味が違う単語を使うと、思っている演技をしてもらえないんです。
俳優さんをやる気にさせることやリラックスさせることも、こちらの話術次第となります。ディレクティングの授業は、なかなかうまくいかず、悔しくて、涙をおさえてトイレに走って行くということがよくありましたね。笑
参照: 演者に指示を出す川出さん。その場で的確な単語で指示を出すことは監督の重要な役割
3. 卒業後、PA (Product Assistant)として撮影現場を経験
野村:
学校生活を終えた後はどんなことをされたのですか?
川出さん:
OPT (Optional Practical Training)があったので、映像の編集をしたり、映像のプロダクション会社で働いた時期が1年だけありました。
もともとアーティストビザを取るつもりだったので、自分の作品や、撮影現場で働いた証明が必要でした。その準備も兼ねて現場の仕事に積極的に参加していました。
野村:
どういう風にプロジェクトに声がかかるようになったのですか?
川出さん:
プロジェクトを探せるウェブサイトがあるので、それを使いました。
制作の場合だとポジションは監督、音響、カメラ、美術担当などがあります。レベルもエントリーレベルからプロレベルまで、お金を貰えるものも貰えないものも含めて、全てリストアップされています。
あとはそこに登録をしておけば、逆に声がかかる場合もありますね。
– アメリカで映画制作の仕事を探せるウェブサイト例 (※川出さん教えていただきました)
https://www.productionhub.com/
https://www.stage32.com/find-jobs
https://www.media-match.com/usa/media/jobsboard.php
https://www.entertainmentcareers.net/
https://www.productionbeast.com/
野村:
登録しておくと、声はかかるものですか?
川出さん:
いや、初めは声はかからないです!笑
学校を卒業した直後だと、プロの世界ではなにも役に立たないので、ただの使いっ走りになってしまいます。PA(Production Assistant)といったポジションがあるので、最初はここからですね。
野村:
PAの役割は雑用とかでしょうか?
川出さん:
必ずしも雑用というわけではありません。自分がカメラマンを目指していたら、カメラマンの部門のPAを選んだり、自分のスキルに合わせて選択することができます。
PAの中でもどういう仕事かというのは細かく書いてありますし、金額も出ています。
一度現場に行ったら、次はその同じ人から声がかかったり、そこで出来た友人など横の繋がりから声がかかることもあります。
4. 自費制作を決断
野村:
どの程度、PAで経験を積まれて、そのあと監督としてステップアップしていったのでしょうか?
川出さん:
私の場合は、そもそも監督がやりたかったので、PAの仕事はタイミングが合えば、もしくはこの現場は見ておきたいから入る程度で、徐々に現場に入る数は減らしていきました。理由は、競争が激しすぎてそこから監督になれると思えなかったからです。
現場に入ると勉強になるのですが、向こうが人を選ぶ時に、私を選ぶ理由が日本語が必要な現場じゃない限りないので、PAから監督まで上り詰めるのは難しいなと思っていました。
また、現場に入ると体力を消耗するので、あまりPAばっかりやってると潰れちゃうなと思ったのも1つの理由です。
その後は、自分の脚本を作る時間を確保できる仕事にしようと思い、翻訳の仕事をやるようになりました。
野村:
その後、自費制作をしていくわけですね。その時の話を伺えればと思います。
川出さん:
特にライティングは本当に難しかったですね。学校では習いましたが、本当に基礎だけだったので、そこから自分の型や自分の声を探して行かないといけませんでした。自分の型と声を模索しながら書いていたので、何度も書き直しました。
また、制作予算が限られていたので、予算内で実現できる脚本を書く必要がありました。
実現性の低いものを書いてもしょうがないので、実現できるものをとにかく数をこなして経験値をあげる作品作りを意識しました。
ただある時、自主制作を続けているうちに「本当にこれでいいのかな」と考え始めました。
フィルムをコツコツ作っていても、何人見てくれているかわからないし、フェスティバルに出して賞を取っても、お金になるような作品作りに繋がらないので、悩む時期に入っていきます。映画制作者はみんなそうだと思うんですけどね。笑
5. Derrrrruq!!!(デルック)の結成と「二アベ」の作成
野村:
なるほど。その後はどうされたんですか?
川出さん:
ただ、やっぱり作品作りは続けるしかないと思っていた中で、ライター志望の方と出会い、一緒に制作をやろうということになりました。
それまでは自分で脚本を書いて、さらに監督も兼任していましたが、それからは脚本は彼が行なって、私は監督だけをやるというスタイルとなりました。
当時は「待ってても仕事なんてこないから、やってみようよ!」ということで、とにかく動き始めました。そこで作り始めたのが「ニアベ」です。
その後、彼の紹介で俳優も1人加わり、俳優と脚本家と監督の私という3人のグループとなりました。こうなると制作費も3人で割ることになるので、少しお金も楽になりました。笑
ライター志望の彼は「俳優として出演しても最終的に完成しない作品が多い」という話をしていました。俳優さんって自身が出演した作品を持って、「私はこういう演技ができるから雇ってください」と次の現場に行くことになります。
野村:
なるほど、ポートフォリオになるわけですね。
川出さん:
そうなんです。だから出演した作品が完成しないと、俳優さんには何にも残りません。
野村:
辛いですね。
川出さん:
だから、出てくれている俳優さんや協力してくれている人のためにも「作り始めたら必ず完成させる」というのは私の中では最低条件でした。それまでも撮影を始めて完成させなかった作品は1本もありません。それを脚本家の彼も知っていて、「真理さんだったらやるっていったら必ず完成させてくれると確信している」と言われました。笑
参照: 二アベの撮影現場
野村:
信頼ですね。
川出さん:
そうです。信頼してくれていたので、一緒にやることになりました。もう1人の俳優の方も彼の目利きで、声をかけることになりました。
参照: お互いを信頼し合っているDerrrrruq!!!(デルック)のメンバー。真ん中がライター兼俳優の近藤さん、右が俳優の本田さん。3人ともがプロデューサーを務める。
6. 資金調達
野村:
「ニアベ」をやろうとなって、資金調達が必要になったと思いますが、そのあたりのお話を伺えますか?
川出さん:
今でこそ、クラウドファンディングはよく聞くと思うのですが、当時は今ほど一般的ではなかったので、初めは試行錯誤の連続でした。
キャンペーンを立てて、クラウドファウンディング用のビデオを作ったのですが、それだけでは絶対にお金は入ってこないです。結局「こういうキャンペーンをやっています」というのを周りの人に知らせて、資金を募らないと全然集まりません。
やっぱり友達にお金をくださいと頼むのが変な気持ちで、「自分たちが作品を作りたいからお金をください」って言うのにすごく抵抗がありました。アメリカの人たちは堂々と「これを作るからお金ちょうだいよ」ってやってるのを見て、徐々に自分たちも同じようにやるようになりましたが、初めは慣れませんでした。笑
毎回、精神的にもボロボロになり、二度とやりたくないと思います・・・。そこが日本人なのかもしれませんね。
今はもうだいぶ様子が変わって来て、サイトについてる投資家の方が、興味あるものに投資するというエコシステムができているようですが、私たちが資金調達を行なっていた当時は、自分たちで声をかけなくてはならず、かなりしんどかった思い出です。
参照: Kickstarterで二アベの資金を募った時のビデオ。
野村:
資金提供のお願いはどういう風にされたんですか?
川出さん:
そのままなんですけど「こういうテーマでこういうものを作っているので、協力してください」という感じです。
野村:
それで、みなさん資金提供してくれるものですか?
川出さん:
そうですね。そこが日本とだいぶ違うところだと思います。
私も日本で人からそうやって頼まれても、ちょっと抵抗があると思います。「え、私?」と困惑すると思いますね。
ただ、アメリカは寄付の社会で、頼まれると「じゃあ協力しようか」という空気がベースにあります。声に出して訴える人に対して、リスペクトがあるんです。
日本だと生活に困ってる誰々を助けるとか、自然災害の人を助けるとか、そういう社会貢献じゃないと協力してもらえないと思いますが、アメリカでは、そういうものと横並びで、アートに対してお金をかけるという空気があります。
特にアートの中でも映像に関しては、自分たちの国で発明して、自分たちの国でビジネスにまで大きくしたという誇りが根底にあるのをヒシヒシと感じます。その伝統をしっかり守って受け継いで行こうという気持ちもあると思います。もちろん人にもよるのですが、日本よりは理解してくれる人が多かった印象ですね。
7. 「報道バズ」完成までの道のり
野村:
「ニアベ」から今回の「報道バズ」までの話、この「報道バズ」がどのようにして決まったのかを伺いたいと思います。
川出さん:
一番のきっかけは、「二アベ」をYoutubeにあげたことです。
「二アベ」は、それこそ私たちのポートフォリオで、名刺代わりの作品なので、Youtubeに無料でアップして誰でも観れるようにしました。
それを見てくださった方のなかで、「二アベ面白いね。これくらいのお金だったら用意できるから、何か一緒にやりますか?」と声をかけてくださった方がいたんです。そこから、次の作品のアイデアを提案をして、最初の基礎となるお金を頂くことができました。
その後も、他の方に声をかけ続けて、数名からもお金を頂く事ができ、ある程度の予算が出来た段階で、脚本執筆をスタートしました。
撮影準備を進めていくなかで、このままでは編集の予算が足りないことがわかりました。ただ、実際の映像があったほうが説得しやすいと思い、まず撮影を終わらせて、その映像を持ってさらなる資金提供者を探すことにしました。
結局かなりの時間を使って協力者を募ったのですが、見つかりませんでした。
そして、最終的にはもう二度とやりたくないと思っていたクラウドファウンディングで資金を調達することとなりました。笑
参照: 「報道バズ」の撮影現場
野村:
そして目標額に到達し、『報道バズ』を完成できたんですね。その後は、ビデオ配信会社に営業に行ったのですか?
川出さん:
そうですね。私たちの場合は、『報道バズ』が完成するまで、配信先のプラットフォームが決まらなかったので、完成してから営業に回りました。
野村:
どのように営業されたのですか?
川出さん:
そもそもキーマンに会えるかが重要で、「この人に会わないと意味がないよ」という人にたどり着くのが大変でした。
日本には地上波の世界で長い歴史があり、様々なルールがあり、まず中に入りにくかったです。
特に「尺が1話ごとで違うのは揃えられないか?」「日本語・英語両方で視聴者はわかるのか?」「ドラマ内では事実に則したことでも、偽名を使うのが慣習だ」など、これまでと違うものは、なかなか認めてもらえないという印象を受けました。また、今回の作品は、日本の地上波では作れないような、挑戦した作品にしたかったのですが、その挑戦した部分が「万人ウケしないからダメだ」という評価を受けました。
アメリカだと、万人受けよりも多様性の方が重要で、個性的で変わった作品が売れて行く時期だったので、かなり戸惑いましたね。
その後、色々交渉した結果、ほぼ動画配信サービス大手はすべて網羅でき、Amazonプライム・ビデオ、Youtube、Google Play、楽天、GYAOなどで流れます。2月5日から順次公開となります。
8. 「報道バズ」の見どころ
川出さん:
ストーリーは、日本でバラエティ番組で女子アナやっていた主人公が、日本では全くやらせてもらえなかったニュースや報道の仕事をやるために、ニューヨークに来て、ニュースアプリの会社で夢を実現させようというものです。
「メディアの信憑性はどこにあるのか」といった、社会的な動きも取り込んでおり、実際に主人公がそういった壁に当たって行くこととなります。
「これは社会的におかしいんじゃない」と思うところに突っ込んでいき、痛い目にあったり、逆に嘘に翻弄されてしまったりという、夢を追って行く中での苦悩を描いた作品になります。女性特有の生きづらさも描いているので、それも観ていただけたら嬉しいです。
この作品は日本やアメリカで起きた実際のニュースを扱っています。できるだけリアルに見えるように、演技や演出しすぎないようにして作っています。日本の方に今までと違うタイプの作品を見てもらいたいなと思い、作りました。
ニューヨークの映画監督に聞く、アメリカのエンタメ業界5つの魅力
1. 映像やアートへの助成金が豊富
野村:
日米両方のエンタメ業界を経験された川出さんの視点で、アメリカのエンタメ業界の魅力を伺っていきたいと思います。
川出さん:
アメリカは映像やアートに対して、日本とは格段に違うサポート体制が整っています。撮影に対する助成金のシステムがしっかりしていたり、税金が免除されるシステムがあったりなど、条件をクリアすると利用できるものが結構あります。
それはニューヨークだけでなく、各州が地域活性化させるために行なっています。野村さんがいらっしゃったバンクーバーも、カナダですけど、撮影のメッカですよね。
野村:
そうですね。歩いていると、よく撮影をやってましたね。笑
川出さん:
そうですよね。
撮影に対する補助もたくさんあって、バンクーバーはそういった取り組みで一気に有名になりました。
今ではバンクーバー内で、この角度で撮ればニューヨーク、この角度撮れば上海といった様に、いろんな映画の撮影が可能になってますね。
カナダはアメリカよりも早く助成の制度を始めたので、アメリカからも多くの撮影隊が行って撮影を行っていました。それに対してアメリカ各州が焦って引き止めるようになったという流れです。脚本を書く段階で、「あそこはインセンティブがあるから、あの場所で撮れる作品を作ろう」となるくらい、今ではすごく重要なポイントです。
2. プロダクションの規模に関わらず、路上での撮影に協力的。
川出さん:
映画制作はどこの州も自分達の宣伝になると考えているので、私たちのような小さなプロダクションや規模の小さな作品でも、大きなテレビ、映画の作品作りと同等に扱ってくれます。
例えば、道路を封鎖して撮影を行いたい時は、申請の際にしっかりと必要な書類を出して、保険にさえ入って入れば、必ず許可を降ろしてくれますし、警備の人を出してくれます。拳銃を出すシーンがある場合は、一般の人が見るとびっくりするので、警察を派遣してくれることもありますね。
野村:
本当に協力的ですね。
川出さん:
そうですね。申請する際も、できるだけその撮影を可能にしようという視点で話してくれます。
これは日本だけではないかもしれませんが、役所に行くと、「決まりだから変えられない」と言われることがよくあると思います。少なくともニューヨークはそういう体質ではないので、撮影はやりやすいですね。
3. 組合がしっかりしており、労働環境が良い
川出さん:
俳優やカメラマンを目指している方など、どんなポジションでも組合がしっかりしています。最低賃金、食事休憩、残業代などがきちんと守られているので、その組合にさえ入ることができれば、すごく仕事がしやすいと思います。そこに上がるまでの競争は結構激しいとは思いますけど、組合員になれれば安泰ですね。
野村:
組合員になるためにはどうすればいいのですか?
川出さん:
組合によって色々違いますが、その組合が指定する作品で働くことが必要です。
まずは組合員でなくても入れる枠があるので、そこで働いたという証明書をもらう必要があります。
カメラマンでも俳優であっても、そこは変わりません。
野村:
組合に入るまでは大変だけど、入ることさえできれば安泰ということですね。
川出さん:
そうですね。そういうのは日本にはないところですよね。
やっぱり日本のテレビ業界とか、映像業界の方は、撮影期間中は、みんな現場で大変過酷な生活をしているみたいですから。そういうことからは解放されるというのはありますね。
4. テレビ局関係者以外でも番組を作れる。面白ければ採用される
川出さん:
アメリカに来て本当にびっくりしたことは、パイロットという、シリーズものの一番最初のエピソードなどを試験的に世の中に出す事があるのですが、そのパイロットをテレビ局の関係者以外の人も作っていることです。
日本にいる時は、テレビの番組はテレビ局や関連の制作会社が作るものだと思っていたので、「テレビ局じゃない人がテレビ番組作るんだ」とびっくりしました。そこのテレビ局の人ではなくても、面白ければ採用されるということです。
5. 現場の先輩に話を聞ける環境がある
川出さん:
アメリカだと、撮影の邪魔にならない程度で、現場や仕事のことを周りの人に質問することができます。
日本で音楽関係の仕事をやっていたのですが、一番下っ端の子はこの人とは喋ってはいけないとか、ルールがいっぱいあったのを覚えています。
野村:
そういうのがあるんですね。
川出さん:
こっからここを移動するときは走れとか、見習いは監督に声をかけてはいけないとかルールがたくさんありました。その代わり統制がとれているので効率はいいですね。
その分アメリカは、統制は取れてないけど、人脈を作ったりとか、現場で新しい企画が生まれたりとか、自由でやりやすいんだなと感じます。
まとめ
今回のインタビューでは、ニューヨークにて未経験から映画監督としてキャリアを積んでいった川出さんに、映画監督となるまでのストーリーとアメリカの映画業界の魅力についてお話をお伺いしました。
映画学校に通われてからクラウドファンディングで資金を集め、映画を制作していくストーリーは、これからアメリカの映画業界で働いてみたいと思っている方はもちろん、新しい土地でコツコツと一歩ずつ自分の夢を叶えて行くという点では、業界問わず全ての海外起業、進出を希望されている方に参考になるお話であったと思います。
貴重なお話を聞かせて頂き、ありがとうございました。