ニューヨーク市で最初の新型コロナウイルスの患者が報告された2020年3月1日から早くも1年。その間にニューヨークを離れた人やいまだに別の都市へ避難している富裕層も多く、さらには、旅行者や観光客もほとんどいず、マンハッタンの空洞化が叫ばれる状況が続いています。
在宅勤務も長引く中、昨年末のマンハッタンのオフィスの空室率は15.1%と2000年代で最も高い水準を記録しました。その一方で、新型コロナウイルスが広がる中でも最初はマスクを着用することにすら抵抗があったニューヨーカーが今や皆マスクをつけ、時代に合わせた形での新しいビジネスが生まれるなど、既に「ニューノーマル」の生活が始まっています。
今回は、マンハッタンの街を歩きながら肌で感じた街の変化、そして、ニューノーマルの中での小売店の様子、さらにはパンデミックにより起こった小売業界での動きをお伝えしたいと思います。
目次
いまだに閑古鳥が鳴くマンハッタンの高級ブランド街
まだ寒さが残る金曜日の午後、五番街の一本東側を走るMadison avenueをアッパーイーストからミッドタウンまで40ブロックほど歩いてみました。Madison avenueと言えば、”Mad Men”のドラマに代表されるように、この沿道に広告代理店が激増した1920年代から、アメリカの広告業界の代名詞ともなっている通りです。
おしゃれな人が行き交うことから、高級ブランドが軒を連ね、観光客が多い五番街とは異なり、優雅な地元ニューヨーカーを多く見かけることができるのが、新型コロナウイルス発生前のアッパーイーストのMadison avenueでした。
かつては、金曜日午後と言えば、仕事を早く切り上げてオフィスから飛び出してきたニューヨーカーたちがショッピングやハッピーアワー、ディナーへと繰り出して活気に溢れていたMadison avenueも、道行く人も少ないほどの変わり様。
”Space for Rent”の張り紙が貼られた空き物件も多く目に留まる中で、既存店舗は華やかなウィンドウディスプレイで店舗を飾り、営業を続けていますが、お客さんが誰もいないという店舗も少なくありませんでした。また、人件費の削減でしょうか。予約客のみの受付と入り口に張り紙があり、中には誰もいずに真っ暗、というお店も。
長引く新型コロナウイルスにより空き物件が目立つMadison avenueの一角。
高級ブランド街で唯一にぎわっていたお店とは?
その中で賑わっていたのは、高級ブランドの中古品の委託販売で知られる The RealReal。サステイナブルなライフスタイルへの関心が高まる中、Circular Economy (循環経済)の代名詞とも言えるビジネスで知られるThe RealRealは2011年の設立後急成長を遂げ、2019年にはナスダックへの上場も果たしました。
オンライン中心であるものの、本物を手にとって買いたいというお客さんの需要に対応して実店舗も増やしているというThe RealReal。特定の高級ブランドしか扱わないため、中古品と言っても数百ドル、時には数千ドルは下らない商品ばかりが並んでいますが、着飾ったニューヨーカーが熱心に買い物を楽しんだり、委託の相談をしたりする姿を目にしました。
店員さんと熱心に話す方や、中古品の実物を熱心に見るお客さんで賑わうThe RealRealの店内。
2月後半に発表された第四四半期の業績はアナリストたちの予想を下回ったと報道されていますが、中古ブランドの実店舗が他のどの新品ブランド店よりも活気に溢れていたのは、今の時代を象徴しているような気がしてなりません。
加速するオンラインビジネスの立役者
アメリカでは新型コロナウイルス発生以前からオンラインショッピングが盛んで、商品の返品も容易にできることから、服飾品なども気軽にボタン一つで買い物を楽しむ人たちが多くいました。
新型コロナウイルスによるロックダウンや外出自粛により、アメリカでのEコマース市場はさらに拡大し、ウォール・ストリートジャーナルによると、2019年には小売業界の売上全体の10%だったオンライン売上が、2020年には16%へと飛躍しています。
そうしたEコマース市場で一躍有名になったのは、カナダ発のクラウドベースでのEコマースプラットフォームを提供するShopify Inc(以下、Shopify)。良心的な月額費用、豊富なテンプレート、Eコマースに対応した多くの便利な機能、簡単な仕様が魅力で急成長を遂げ、Shopifyを利用する事業者は、2019年の約100万社から2020年には約175万社へと増加。次々と新しい仕様も公開され、Eコマースのホームページを作るならShopify、と言われるまでの地位を築いています。
激化するEコマース事業の中で出てきた新たな動き
Eコマースの拡大により、小売業界で、今までになかった新たな動きが見られていることも見逃せません。
オンライン販売の競争が激化する中、従来店舗を有していた小売店は、実店舗があるという優位性を生かし、curbside pickup(カーブサイド・ピックアップ)やcontactless pickup(コンタクトレス・ピックアップ)を大々的に展開しています。
curbside pickupとは、直訳すると店舗の路肩での商品の受け取り。広義では、オンラインで注文をした商品を、店舗内の専用カウンターやドライブスルーの特別カウンターで受け取ることを意味します。
オンラインショッピングは便利な反面、配送の遅れや、配達された小包の紛失や盗難が問題となっています。こうした問題点を解消してくれるとして、カーブサイド・ピックアップの利用は増加し、実店舗がある会社は、オンラインのみの競合他社に対抗して、カーブサイド・ピックアップを積極的に宣伝しています。
また、新型コロナウイルス対策として進むコンタクトレス・ピックアップ。大手スーパーのウォールマートは、オンラインで注文した商品を、お客さんが、誰とも接触せずに店舗で商品を受け取ることを可能としています。来店したお客さんの車のトランクに従業員が商品を積み込むのです。こうして、安全を確保しながら迅速な商品提供を売りとして、熾烈なオンライン戦争を戦っているのが、店舗を有する小売店です。
オンラインで注文した商品をお店のスタッフがトランクに積める場面。(c) Wallmart
新型コロナウイルスの拡大により加速したと言われているのがサブスクリプションビジネス(定期購買事業)。定額料金で一定の間隔で商品を自宅に届けてくれるサービスです。
サブスクリプションビジネス自体は新しいものではなく、コスメの Birchbox や料理キットの Blue Apron 、洋服の Stitch Fixなど、以前から有名なものも多いですが、その市場は、今では、ワインやペットフード、男性用シェービング用品など多岐に渡っています。
企業側は安定収入が得られて売上予測を立てやすく、顧客側はその都度購入する手間が省けるため、Forbesによると、2020年にアメリカ人の五人に一人が何らかのサブスクリプションビジネスを利用したと言われています。
コスメのサブスクリプションサービス。(c) Birchbox
加速するEコマース事業に対応して、組織構造を変える会社も出てきました。今月頭にアメリカの主要メディアは、ニューヨークの五番街に旗艦店を構える高級デパートSaks Fifth AvenueがEコマース事業を店舗事業と切り離すために、Eコマース事業専用の新会社Saks.comを設立すると報じました。
好調なオンライン事業を市場で正確な値段で評価してもらうための判断だったようで、それにより、新会社は、1年前のSaks Fifth Avenueとしての会社全体よりも3割も高い評価額がつき、500百万ドル(約540億円)の資金調達をすることができました。
パンデミックが後押しするサステイナブルな新ビジネス
新型コロナウイルスによりかつてない速度で拡大を続けるオンラインビジネス。従来は対面型が主流だったビジネスモデルにも変化が生まれています。例えば、アパレル業界。
今までは全米各地の展示会場で各ブランドがブースを構えて新作の紹介を行い、店舗のオーナーと直接交流しながら受注を取ってきました。こうした対面型の大きなイベントが下火の状況の中、バーチャルショールームを提供する会社が注目を集めています。
その一つがニューヨーク発のスタートアップ、Voor。ファッション業界の構造的な問題を解決するために立ち上がったスタートアップは、3Dのテクノロジーを駆使して、洋服の質感も本物さながらに再現することに成功し、オンラインのショールームを提供しています。
対面型の展示会では、そのためのサンプルを作るために資源の無駄使いが行われてきたことも従来のファッション業界にとって大きな問題でしたが、Voorのバーチャルショールームは、最終商品のイメージデータのみから作成できるため、環境にも配慮したサステイナブルなビジネスモデルとして多くのメディアに取り上げらています。
テクノロジーを使って資源の無駄使いを減らす取り込みを行う Voor
まとめ
アメリカで以前から活発に行われてきたオンラインショッピングは、新型コロナウイルスによるパンデミックで急速に拡大し、益々競争が激化しています。
そして、そうしたオンラインショッピングを後押しする動きや関連ビジネスが続々と登場している今、時代の変化に迅速に対応し、いかに顧客満足度を高めていくかが競争を制する鍵と言えそうです。また、サステイナブルな事業に注目が集まっている点も見逃せません。今後、米国のEコマース市場はどのような発展を遂げていくのでしょうか。