「カナダにおける量子テクノロジーの最新情報」というテーマで、カナダ大使館主宰のウェビナーが開催されました。
その1日目として、カナダの東海岸の都市、トロントの近くに所在する Waterlooの量子テクノロジーシーンの紹介が行われました。Quantum Valley (量子バレー)と呼ばれるWaterlooの概要だけではなく、適用領域や具体的な事例も紹介されました。
本記事ではウェビナーの要旨をまとめましたので、ご参照いただけると幸いです。
目次
Waterlooエリアにおける量子テクノロジーシーン
Presenter: Martin Laforest, Senior Product Manager and Quantum Expert, Isara Corporation (アイサラ)
カナダの量子テクノロジー研究は1990年代後半にWaterlooで本格化。
初期のスマートフォン Blackberryの創業者、Mike Lazaridis氏は量子技術の可能性をいち早く見出して、積極的に投資を行っています。
Waterlooは Quantum Valley (量子バレー)と呼ばれ、
基礎研究、実験研究、アーリープロトタイプの作成、商業化までの全てが揃うエコシステムを形成。
全てのプロセスが揃うのは世界でも Waterlooだけだそうです。
以下のマップの通り、5km圏内に量子技術に関する施設が7つ存在し、量子関連のスタートアップの密度は世界一。
Quantum Valley の中には Quantum Valley Investmentなど投資を行う組織もあり、CA$1.5 Billion以上の量子技術関連の投資マネーが集まっています。
同時にWaterlooでは量子テクノロジーの人材育成にも力を入れています。
[主な取り組み]
- 1500以上の量子情報を専攻している卒業生
- 7つの大学と3つの学部にまたがる研究領域。
- 若い世代の学生・教師への量子技術の啓蒙活動
またIBMを筆頭に、QuebecのAnyonやVancouverの 1QBit など、Waterloo以外の企業も、Waterlooの量子関連の労働力、施設、知見を利用するためにサテライトオフィスを開くケースもあります。
量子テクノロジーが活用される4つの領域
量子テクノロジーというと、量子コンピューターを連想するケースが多いですが、ポテンシャルはそれより広いとのこと。具体的に量子技術の適用エリアは大きく以下の4つに分かれます。
1. 量子コンピューター
2. 量子コミュニケーション
3. 量子センサー
4. 量子素材
1. 量子コンピューター
[適用例]
- 化学シミュレーション
- マテリアルデザイン
- 最適化
- 機械学習とAI
量子コンピューターの領域は政府機関はもちろん、GoogleやIBMなどの巨大企業が巨額を投資しています。日本では富士通が積極的に投資を行っています。
量子コンピューターというと、ただ単に高性能なスーパーコンピューターと思われがちですが、Martin氏によるとそもそもの仕組みが違うとのこと。
原子や分子の挙動システムを活用することで、これまで時間がかかっていた処理が大幅に短縮。
これまで実現不可能と言われていた問題、例えば環境への影響を予測する化学シミュレーションや新薬開発の際の化学反応のシミュレーションもできるようになりました。
ただ、同時に量子コンピューターのデメリットも存在します。
それは量子コンピューターの問題解決能力が高すぎるせいで、それが悪用されるケースです。
もし、大きな量子コンピュータを作成すれば、いかなる既存のウェブアプリケーションや金融システムの暗号化された情報も解読できてしまうそうです。
そこで重要になるのが、次に紹介する量子テクノロジーを用いたサイバーセキュリティです。
2. 量子コミュニケーション
[適用例]
- 量子技術対策がなされた暗号化 (Quantum-Safe Cryptography)
- 量子暗号通信 (Quantum Key Distribution)
- 量子インターネット
量子コンピューターによるサイバーセキュリティ懸念の対策として量子テクノロジーでは解読されない暗号化技術も存在します。
一般的に従来の数学的暗号は高性能なパソコンを使用すると解読されてしまいます。
しかし、量子テクノロジーの暗号化はどれだけ大きな量子コンピューターを使用しても、解読されないとのことです。
3. 量子センサー
[適用例]
- メディカルイメージング
- 高精度測定
- 分子イメージング
- 地質探査
量子センサーの領域は一般的にあまり知られていないが、最も活用されている領域の一つ。
量子テクノロジーを活用すれば、高精度かつ高感度のセンサーを開発できます。
量子センサーが利用されている一つの例はMRI。
MRIは体の中のプロトン(陽子)の動きを見ており、例えば活性酸素と抗酸化能両方のバランスを見て酸化ストレスの検出するために量子センサーが使われています。
4. 量子マテリアル
[適用例]
- 量子技術のイネーブラー
- 高温超伝導
- スピントロニクス
- 量子デバイス
量子マテリアルの活用事例として、特殊原動機に使われるスーパーコンダクターがあります。
抵抗が低くても電気が流れるようにすることができ、これにより電気のロスが減り、電気抵抗による温度の上昇を抑えることができます。
これにより、エネルギー効率を格段にあげることができます。
Waterlooの量子テクノロジー主要施設 + プログラム
以下ではWaterlooに所在する代表的な量子テクノロジーの関連施設をご紹介していきます。
#1 – Perimeter Institute For Theoretical Physics (PI)
世界で最も大きい理論物理学 (Theoretical Physics) の研究所。
9つの研究エリアを担当し、250以上のリサーチャーと研究者を抱えています。
Perimeter Institute For Theoretical Physics (PI)はあくまで化学的な新しい発見を行ったり、宇宙物理学などの大きなテーマを専門に扱っており、実験や商業化に関しては次に紹介する施設・プログラムが担います。
#2 – Institute for Quantum Computing (University of Waterlooの中に所在)
サイエンスとアプリケーションの架け橋になる施設。
量子テクノロジーを活用して、どのように実生活やビジネスに適用できるかを研究しており、常に実験を繰り返しています。
量子コンピューティングに必要な機材やツールが揃っており、量子技術を持った労働力の育成も行い、CA$650 million 民間・公的のパートナーシップ + 300以上のリサーチャーのコミュニティを抱えています。
#3 – リサーチプログラム: Transformative Quantum Technologies
商業化に特化したリサーチプログラム。
量子テクノロジーを活用したアイデアやプロトタイプから商業化に導くための研究を行います。
具体例的なプロジェクトの例として以下4つがあります。
1. Quantum Simulator
素材を開発する際に使用され、例えばチップを開発する際の素材のリサーチに使われます。
素材の物理的なシュミレーションは従来のスーパーコンピューターでは限界があり、量子テクノロジーを使って実現しました。
2. Biomedical imaging
次世代カメラに使用されている高感度のイメージングテクノロジー。量子センサーを活用した技術です。
網膜のイメージングに使われており、目の癌細胞の検出に使われています。
3. Tera-Hearz laser
超高速インターネットに使われており、素材の中で起こっていることを可視化できます。
4. Open access quantum computer
いろんな人がアクセスできるオープンソースの量子コンピュータ。
Waterlooの量子テクノロジー関連のスタートアップリストx12
プレゼンテーションの最後にWaterlooの量子テクノロジー関連のスタートアップの紹介がありました。
1. Isara
Waterlooのエコシステムで一番大きいスタートアップ
対量子コンピューター用のサイバーセキュリティを提供する会社。
2. Aurora
ハイブリッド技術を活用した量子コンピューターの開発。
3. Neutron Optics
量子力学を活用した超高感度の測定ができる中性子干渉計
4. QEYnet
量子暗号技術を使ったネットワークを活用した世界的な安価なマイクロサテライトの開発
5. quantum benchmark
量子コンピューターの製作者向けのソフトウェアの開発。
より性能の良い量子コンピューター制作ができ、IBMやGoogleのような量子コンピューターを制作する大手と取引をしている。
6. QuantumLafInc.
量子力学のコンサルティング会社
7. evolutionQ
量子力学によるセキュリティリスクに特化したサイバーセキュリティのコンサルティング会社
8. softwareQ
量子アルゴリズムとコンパイラの最適化
9. UQDevices
時間相関単の計測ができる電子機器の設計、製造、販売
10. Aegis Quantum
量子コミュニケーションシステムの開発と商業化
11. High Q
薬の開発に使われるプロテインマッピングに使用されている高感度の量子センサーを開発。
12. Single Quantum Systems
次世代の単一光子検出器の開発。
まとめ
今回はWaterlooの量子テクノロジーの最新情報を事例を交えてご紹介しました。
Martin氏によると、量子テクノロジーの分野はまだまだ発展途上。
今回ご紹介したアプリケーション領域以外にも増えていくことが予想されます。
現段階ではなかなか中小企業には手を出しづらい領域ですが、今後は中小企業にもアクセスしやすくなることを期待します。