AIの登場によって多くの仕事が奪われてしまうのではないかと言われて久しいですが、組織は人があってこそ。良い人材なくして強い組織はあり得ません。社員が数人のベンチャー企業であれ、誰もが知るような大企業であれ、社員一人一人が日々やりがいを感じながら生き生きと働くことができる企業風土は、会社の成長にとって不可欠です。
そうした環境があれば、社員のパフォーマンスも自ずと高まり、強固な組織となるからです。よりやりがいのある環境やより良い待遇を求めて転職する文化が根付いている米国では、会社にとって必要な人材を採用し、優秀な人材に長期的に会社に残ってもらうために、人事機能へ注意を払うことが不可欠です。
本記事は、会社経営者だけでなく、アメリカ人の部下を持つ管理職の方に向けて、米国で知っておきたい人事事情についてまとめました。
目次
米国での人材マネージメント術を知る必要性とは
米国においては、日系企業に勤務した場合でも、日本人以外の人と働く場面は必ずやあることでしょう。その際に、日本と米国での仕事のスタイルの違いやアメリカ人の仕事に対する考え方を知っておくことは、仕事をスムーズに行ったり、思わぬ誤解を避けたりするために不可欠だと私は考えています。
日米での違いを知らないために、日本的なやり方を強要してしまうと、米国でのスタイルしか知らない現地の社員に驚かれてしまうだけでなく、彼らのモチベーションを下げてしまうことにもなりかねません。米国で働く上では、日本のやり方が世界の常識ではないことを常に肝に銘じておくことが大切だと思います。
米国での採用のポイント
それでは、米国での人事について、採用、日々の業務、年次考課に分けて、それぞれ見てみましょう。
まず採用ですが、米国での事業展開と発展を考えた場合、日本人以外の現地の人材の採用は不可欠です。言葉の壁がなくて指示が出しやすく、阿吽の呼吸が通じるなどの理由で日本人の採用を望む方もいるかもしれませんが、顧客は現地の方々がほとんどのケースが多いでしょうし、適材適所の人材をと考えた場合、より採用の門戸を広くしたほうが、長期的な目から見た会社の成長のためには良いケースが多いことでしょう。
採用に関して米国と日本での大きな違いは、米国では、新卒、中卒ともに、ジョブ型雇用だということです。そのため、募集するポジションの肩書や職務内容を職務記述書(job description)として明確にして求人を出すことが重要です。チームプレイが重視される日本では、本来自分の仕事でない仕事を請け負うということも状況に応じてあると思いますが、米国ではそういったことはありません。欠員が出た場合には、その方の仕事は現在いる社員で一時的にでもカバーするのではなく、すぐに採用を行ったり外部委託をしたりして対応するのです。
そのため、米国では、採用時に提示した職務記述書 (job description)の内容と実際の仕事内容に乖離があると、そもそもの契約違反であるとして従業員の不満の原因となってしまいます。採用時の誤解を避けるために、職務記述書 (job description)の表現は、他社事例も参考にしながら、会社の実態に即した形で慎重に作成することが望まれます。また、”Engage in ad-hoc projects as necessary”といった文言も入れて、職務記述書 (job description)に明記されている仕事以外がある可能性も示唆しておくと良いでしょう。
求める人材とマッチした人を見極めるための採用プロセス
採用プロセスでは、候補者の能力や人物像をしっかりと吟味することが大切です。控えめが美徳とされる日本とは正反対のアメリカでは、候補者が自分自身を少しでもよく見せようとするあまり、履歴書の内容が実績以上の表現であることも珍しくありません。
また、即戦力を採用するためには、学歴や資格の有無よりも、その人の知識や経験が会社の求めているポジションと整合しているかどうか、といった視点で応募者を吟味することが重要です。そのため、面接の時に、募集中のポジションの人に求める知識や前職での経験について口頭で質問を行ったり、時には、試験を課したりして、候補者の本当の実力を把握することが大切です。
応募者の人物像に関しては、その方の人柄は面接の段階でもある程度見えてくると思いますが、実際の仕事ぶりや前職での評価も大いに参考になりますので、レファレンスは不可欠です。候補者の方に前職や現職での同僚の名前を数人挙げてもらい、その方に連絡をして、仕事ぶりや人柄を確認します。2~3人、候補者の部下と上司の双方から、メールではなく電話で直接話を聞くことが有益です。私自身、過去に何度か同僚のレファレンス対応を行ったことがありますが、仕事ぶりやマネージメントスキル、退職(転職)理由、改善した方が良いと思ったことについて聞かれました。再び一緒に働きたいか、と聞かれたこともあります。レファレンスは、候補者との面接では見えてこない客観的な評価として貴重な情報です。
また、求職者とのミスマッチを避けるために、面接の時には候補者を吟味するだけでなく、相手に会社のことを知ってもらうことも重要です。会社の全体像や募集しているポジションの仕事内容、そのポジションが属するチームの状況などを詳しく共有し、企業文化や会社の方向性と応募者が求めている環境が一致しているかについての確認も必要です。
管理職が知っておきたい日米で大きく異なる仕事の文化
次に、日々の業務について見てみましょう。前述のジョブ型雇用とも重なりますが、米国では各人の役割が明確化されていることは、日々の業務中でも意識していたほうが良いでしょう。職務記述書 (job description)に書いていないことを行うように求めると、従業員の不満は高まり、しいては離職という結果にもつながりかねません。特にスタートアップ企業では、会社の成長と共に仕事範囲が増えるなど大きな変更もあることでしょう。その場合には、肩書を更新して職務内容を再定義するとともに、昇給も考える必要があります。
また、役割の明確化という点に関してですが、部下に指示を出す際には、いつまでに何をやってほしいのかといったこちらが求めること(expectation)を相手にしっかりと伝達することが大切です。
英語でのコミュニケーションに慣れない段階では大変かもしれませんが、ある程度日数を要する作業を頼む際には、メールではなく、対面または電話会議の形で相手に指示を出し、その際に相手からの質問にも全て答えて、相互に誤解がない形で作業に入ってもらうと、全く違う成果物が出てきて後日お互いにストレスを抱えてしまう、といったことを避けることができます。後述する人事考課とも関わってきますが、こちらが求める成果物や期限を双方で事前に合意しておくことは、人事考課の際に貴重な資料となります。
そして忘れてはいけないのは、アメリカは褒める文化だということ。日本ではできて当たり前、そしてできなかった時に、もっとこうして欲しい、といった話も出てくると思いますが、アメリカ人は褒められる環境で育ってきているため、日本人に対して従来行ってきたような人材マネージメント方法をとってしまうと、現地の人のモチベーションを阻害してしまうばかりか、彼らからの信頼を損なってしまい、最悪の場合、離職、という結果を招いてしまいます。
事前に伝えた作業内容と納期できちんと仕事を終えてくれた場合には、”good job!”と声をかけることを忘れないようにしましょう。また、もし成果物に変更をしてほしい事項があった場合でも、「XXXという点はすごく良いね。でも、XXはこのようにしてほしいんだけど…」といった形で、良かった点は必ず褒めることを忘れずに。そうやって相手との間に小さな信頼関係を築いていくと、仕事ははるかに行いやすくなるでしょう。
そして、米国ではdiversity(多様性)への理解と配慮が求められます。その一つが宗教。チームメンバーが、宗教上の祝日によって、繁忙期中に休暇を取ったり出社時間の調整が必要だったりする場面も出てくると思います。宗教上のことであれば、例外なく、必ず尊重しなければいけません。そのため、事前にそうしたことも考慮しながらスケジュールを組むことが求められます。
さらに、アメリカでは、健康と家族も仕事以上に重要であるという価値観のもとで社会が動いていることを知っておく必要があると思います。そのため、家族の事情や自身の通院のために、急な早退や休暇を取ったりする同僚に対しての理解が必要です。以前、クライアントへの最終報告の締め切り間際で一年の中で一番忙しい時期に、そのプロジェクトのトップが、娘の留学のお見送りに空港に行くからと半日休暇をとった時にはとても驚きましたが、アメリカはそうした社会なのです。
日系子会社が特に気を付けたいこと
日本からの駐在員や日本とのパイプとなる日本人を現地で受け入れたり、管理職に日本人を置いたりした場合には、そうした人たちと現地の日本人以外の社員との関係にも留意が必要です。ネイティブのように英語を話すことはできなくても、ビジネス英語をきちんと使って部下の人たちに適切な指示を出し、自分自身が仕事上でパフォーマンスを発揮して現地の社員に早いうちに尊敬してもらわないと、彼らから上司としての信頼を得ることはできません。
そうした状況の中で、日本人の管理職の人たちが日本の本社からの重要事項を握り、現地社員を交えずに本社の人たちと日本語でやりとりをすると、優秀な現地の社員が蚊帳の外に感じてしまい、彼らのやる気が失われてしまうことでしょう。上司として一定の仕事ぶりを発揮しないと、本社と直接繋がっているそうした上司に自分の手柄を持っていかれてしまうと危惧する部下も出てきてしまいます。
こうしたことから、後述する人事考課で各人の公正な評価を行うこと、社内でのキャリアアップの道筋を社員に具体的に示すこと、社員一人一人が会社にとって重要な人材であるというメッセージを発信していくことが大切です。
優秀な人材維持のために必要不可欠なフェアな人事考課
最後に、人事考課について考えてみましょう。仕事の場で、日本と米国の大きな違いの一つが人事考課ではないかと思います。前述した職務記述書 (job description)とも関連してきますが、従業員は、自分の仕事の出来栄えの公平な評価、そしてそれに基づく昇給や昇進を期待しています。人事考課のプロセスや結果に満足できない場合、彼らは仕事へのモチベーションをなくしてしまうばかりか、離職していってしまうでしょう。
人事考課のやり方は会社によって異なってくると思いますが、各ポジションについて、期待されている役割を詳細に事前に公表しておくことは、人事考課の際に従業員との不必要な軋轢を避けることにつながります。
人事考課は、その職種の専門性だけでなく、チームワーク、クライアントとの関係の築き方、一定のポジション以上であれば新規クライアント獲得の実績など、多方面の指標に基づいて行われることでしょう。ポジションごとの明確な評価基準は、人事考課の際に、考課者と被考課者双方の客観的な指標として役立ちます。
人事考課の結果に基づいて決められる昇給率は、従業員のパフォーマンスだけではなく、景気の動向や会社の業績にも左右されるため一概には言えませんが、良い人材を維持するためには、同業他社の動向も参考にしたほうが良いです。日本と違ってジョブ型雇用であるアメリカでは、その会社でなければ身につかないスキルよりも、その職種だからこそ身につけることができる知識や技術に依拠して、優秀な人材ほど、より良い環境へと移っていきやすいのが現実です。
スタートアップの場合、大企業のようにしっかりとした人事考課制度の構築は難しいかもしれません。それでも、各従業員のキャリアアップの道筋を含めたしっかりとした人事考課制度を持つことは、従業員の満足度や会社への忠誠心を高めることに寄与することは間違いありません。
まとめ
この記事で述べたことは、人事部が、経営陣や各部門と連携を取りながら行っていくことになります。米国企業の人事部は、採用や退職、給与計算のプロセスだけでなく、従業員が日々やりがいを感じながら生き生きと働ける環境を提供することを担う、会社にとって必要不可欠な機能です。
会社が小規模の段階では専属の人事担当者を有することは金銭的に厳しいかもしれませんが、その場合でも、経営者がこうした人事機能の重要性を認識し、経営者自らがイニシアチブを取り、必要に応じて外部委託をしながらでも、人事機能を整備、運用していくことが、会社の長期的な発展のために必須だと私は考えています。
会社によって企業風土や目指す組織は異なるため、どの会社にも有効な絶対的な人材管理術は存在しないでしょう。また、同じ会社でも、会社の置かれている状況の変化とともに、人事部の役割も変わっていくと思います。ただ、私たちが忘れてはならないのは、人間は感情を伴った生き物であること。AIによってなくなる仕事が多いと言われている現代でも、人間が行わないとできない仕事は確実に存在するので、従業員の満足度をいかにして維持するかという人材マネージメント術は、企業の永遠の課題ではないかと思います。