パンデミックにより多様な生き方や仕事のスタイルが広まるにつれて、自身のアイディアを事業化するために、アメリカで夢の起業を、と考える方もいらっしゃるかもしれません。
個人でのビジネスよりも会社形態にした方が、事業としての信頼度が高まることは間違いないでしょう。一方で、アメリカ国外に居住しているなど、アメリカで合法的に給与を受け取ることができるビザを持っていない人が米国で起業する場合には、会社形態にも留意が必要です。
今回は、米国で起業する場合の会社形態それぞれについて、メリットとデメリットを見ていきたいと思います。どの会社形態が良いかはビジネスの規模、今後のビジョンによっても異なってきますので、この記事が最適な会社のスタイルを選ぶ一助となりますように。
※ 米国籍や永住権保持者、米国で就労できるビザを保有していない人の場合、米国で収入を得ることはできませんので、会社の損益が個人の確定申告書へと流れていく形態であるLLCやS Corpは採用することができず、C Corpでの会社設立となり、合法的に米国で収入を得られるステータスを得るまでは無報酬となることにも十分留意が必要です。また、日本の子会社としてのアメリカで会社を設立する場合も同様です。
目次
スモールビジネスに最適なLLCとは?
会社を設立する場合、最初に考えるのは、limited liability company (LLC)という形態ではないかと思います。
LLCは設立やその後の手続きが簡単で柔軟性もあり、シンプルな事業向けであることから、スモールビジネスやスタートアップの多くはこの形態を採用しています。
LLCでは、limited liabilityの名の通り、株式会社の株主と同様に、LLCが損失を出した場合でも、オーナー(メンバーと呼ばれます)はメンバーの出資を超えてその責任を負うことはありません。
また、税務上は「パス・スルー」と呼ばれ、LLCの損益はメンバー個人の確定申告書へと反映されることになります。
個人事業をLLCとするメリットとは?
個人事業主として事業を行うのではなく、LLCを設立するメリットはどこにあるのでしょうか。
一番大きな理由として、オーナーの個人資産を守ることができる点が挙げられます。個人事業主のまま事業を行うことも可能ですが、LLCとすることにより、訴訟など万が一の時にリスクが個人資産にまで及んでしまうことを防ぐことができます。
また、個人事業主と比べて、事業を行う上で社会的信用も得やすいことでしょう。メンバー数に制限もありませんので、複数人で事業を行う上でもこの会社形態を採用することができます。
こうしたことから、自身の事業をたとえ小さい段階からLLCとするメリットは大いにあると言えそうです。
事業が大きくなってきたときに考えたいC Corpとは?
事業がある程度拡大した際にはC Corpとした方が良いと言われていますが、C Corpとはどのような形態でしょうか。そしてどのようなメリットがあるのでしょうか。
C CorpはCorporationsとLLCが採用することができる税務上の形態です。C Corpは株主に制限がなく、米国内外の人が株式を所有でき、株主数にも制限がないため、多様な投資家たちから出資を募りたい場合にはC Corpが最適な形態と言えます。
C Corpは株主制限なし。両者のそれ以外の違いとは?LLCとC Corpの具体的な違いを次項で解説
LLC vs C Corp
ここまで、小規模ビジネスやスタートアップにはLLC、多くの投資家を募る大規模のビジネスにはC Corpが適していると見てきました。
起業時からC Corpとすることも可能ですし、LLCとして設立した会社の税務形態を後にC Corpとすることも可能です。
では、LLCとC Corpのどちらの形態にするかはどのようにして考えれば良いでしょうか。それぞれの形態を比較してみましょう。
LLC | C Corp | |
利益の再投資 | 不可能(その年の利益はメンバーへ配分されるため、LLC内に利益は留保されないため) | 可能 |
投資の得やすさ | 株式発行ができないため、投資は受けにくい。メンバー数に制限はないが、S Corp(後述)とした場合は100人まで | 複数の種類の株式発行が可能な上、国内外からの投資を受けることが可能。株主数に制限なし |
組織の柔軟性 | あり | より複雑でしっかりしたマネージメントが必要 |
事務作業 | 規制が少ないため事務作業も少なめ | 事務作業は多くなりがち |
納税形態 | パス・スルー課税(LLCの損益はメンバー個人の確定申告書で申告するため、LLCとしての課税はなし) | 配当の二重課税が生じてしまう(会社の利益の一部が配当された場合、配当分については、既に法人税が課されているにも関わらず、配当受領者にも個人レベルで課税が行われるため) |
社会保障税 | S Corp(後述)やC Corpの形態をとらない場合は、雇用者分と従業員分ともに、オーナーによる全額支払い | C Corpが雇用主分の社会保障税を支払う。オーナーは個人事業主ではないため、個人事業者としての社会保障税の負担はなく、給与に対しての従業員としての社会保障税のみ |
LLC、C Corpともに、事業は事業として切り離されているため、事業上の債務がオーナーや株主、役員などの個人資産に及ぶことはありません。
納税については、LLCはパス・スルー課税と呼ばれているように、LLCの年間の損益は全額メンバーへと配分されるため、LLCとしての確定申告書は存在せず、メンバー個人の確定申告書内でLLCの損益も申告することになります(メンバーが一人の場合は、自営業者の場合と同様にLLCの損益はSchedule Cでの申告となります。
メンバーが複数人の場合は、各メンバーの損益を計算するためにForm 1065でLLCとしての損益の計算とInternal Revenue Service(IRS, 米国内国歳入庁)へのファイリングが必要です。そして、各メンバーはSchedule K-1を用いて個人の確定申告書を通じての申告を行います)。
LLCのメンバーが複数の場合はLLCとしてForm 1065の作成は必要となりますが、確定申告の手続きはシンプルです。
LLCの年間損益が全てメンバーへ配分されてメンバー個人が自身の確定申告書でLLCの損益も申告するということには、LLCが損失であった時、他の形態での収入(会社員としてのW2からの給与、不動産売却収入など)と相殺できて課税所得を減らすことができるメリットがあります。
それに対してC Corpの場合は、C Corpとしての確定申告が必要であることから、Form 1120の作成が求められます。
内容が複雑であることから、会計事務所に依頼することになり、費用もそれなりにかかってきます。
結論:投資家を募るような大規模ビジネスや、スタートアップや小規模ビジネスとしての枠を超えるような利益を出すビジネスの場合はC Corpが良いですが、そうでない場合は、費用面、事業の運営面の点からLLCが望まれます。
LLCでスタート。ビジネスの基盤ができたところで株主制限の無いC Corpへの変更を検討する
S Corpという税務上のステータスとは?
LLCもC CorpもS Corpの要件を満たしている場合(後述)、S Corpという税務上のステータスを選択し、S Corpとして課税されることを選ぶことが可能です (IRSへForm2553の提出が必要)。S Corpはあくまで税務上のステータスであり、法的な会社形態ではないことに留意が必要です。
S Corpでは、法人税は免除されていて、会社の利益はオーナー個人の確定申告書へと流れていく仕組みです。一方で、Corporationと同様に事業上の債務が個人に及ぶことはありません。
ただし、S Corpにはいろいろと厳しい要件があるため、選択が可能かどうか、そして、選択した方がよいのかを勘案する必要があります。例えば、100人を超える株主を持つことはできないため、上場を目指している会社にとってS Corpという選択肢はなくなることになります。また、オーナーは米国市民またはグリーンカード所有者、特定の米国内の信託等といった制限があります。
S CorpがLLCとC Corpのオーナー両方にとってどのような税務上のメリットがあるかは、LLC、C-Corpとの対比という形で次の章以降で見てみましょう。
LLCをS Corpにするメリットとは?
S Corpは税務上のステータスにすぎないため、LLCとして設立した会社をLLCとして営みつつ、税務上のステータスをS Corpとすることが可能です。つまり、税務申告をS Corpのルールに則って行うのです。LLCのままでいるのか、それとも、S Corpのステータスとするのかは、どのように考えて決定したらよいでしょうか。
会社それぞれの状況によりその答えは異なるため、明確な方程式のようなものはありませんが、一般的にスタートアップの規模を超えるぐらいまで事業が拡大した際にはS Corpへと移行したほうが良いと言われています。それは、自営業者の人が国に対して支払うself-employment tax (社会保障税)を節税できる可能性があるからです。
LLCの場合、その損益は全てメンバー個人の確定申告書へと流れていくため、LLCが利益を生み出していた場合、その分に対して個人の確定申告書でself-employment tax(雇用主分と従業員分の合計で現状15.3%)が生じてきます。それに対してS Corpの場合、会社から給与をもらい、その後最終的に会社内に残った利益が配当としてメンバーに流れていきます。もらった給与にはself-employment tax(従業員分)が生じますが、配当に対してはself-employment taxはかからず、所得税のみが対象となります。
会社の規模や今後のプランなど様々な考慮事項があるため、どちらの形態が良いかはケースバイケースです。事業が小規模であったり利益があまり出ていなかったりする場合はLLCのままで良いですが、事業が拡大した時には会計士へ相談することが望まれます。
C CorpをS Corpにするメリットとは?
次に、C CorpをS Corpへとするメリットについて考えてみましょう。
前述したように、S Corpはパス・スルー課税でS Corpの損益はメンバー個人の確定申告書へと流れていくため、C Corpが抱えている二重課税の問題を解消できる他、損失の場合は個人の他の形態の利益と相殺して課税所得を下げることができるというメリットがあります。
ただし、多くの投資家からの資金調達を考えていたり、上場も視野に入れていたりする場合にはS Corpは望ましくありません。発行できる株式は1種類に限られている上、米国外からの投資家を募ることはできず、株主数も最大100人までという規則があるからです。また、メンバーへの給与と配当のバランスが適切かどうかIRSの調査も入りやすいため注意が必要です。
会社によって置かれた状況や今後の事業計画は異なってくるため、会社がある程度大きくなってきた段階でC CorpをS Corpのステータスへとするメリットがあるかどうかを会計士に相談してみても良さそうです。
まとめ
それぞれの形態に優劣はありますが、機動的な経営や事務作業の効率化など総合的に勘案すると、投資家を募るような大規模事業や将来上場を考えている場合はC Corp、個人などの小規模やスタートアップはLLCでの事業が望ましいです。
そして会社がある程度成長してきた段階で税務面でのメリットを享受するためにS Corpの選択の要否を考えてみても良いと思います。